新型ウイルスワクチン、なぜアジアの一部で接種が遅れているのか

A healthcare worker gets the vaccine in South Korea

世界ではこれまでに、推定1億6000万回分の新型コロナウイルス感染症COVID-19のワクチン接種が行われている。しかしそのほとんどはアメリカと欧州諸国だ。

アジア地域をみると、1月から約1400万回分の接種を行っているインドなどでは、ワクチン接種計画が着々と進んでいる。

一方でその他の国では、ワクチン接種がまだ始まっていなかったり、非常に初期の段階にあったりする。接種が遅れている理由は、念には念を入れて接種を進めようとしていることや、ワクチンに非常に懐疑的であることなどさまざまだ。

私たちはこうした状況にある一部の国と、その背景にあるいろいろな理由を取材した。

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EIU調査は各地の製造供給力、人口規模、医療従事者の人数、インフラ、金融などを考慮した

恐怖心と偽情報

フィリピンでは多くの人が、2016年に導入されたデング熱のワクチン「デングヴァシア」をめぐる恐怖を今でも覚えている。

このワクチンでは、接種した子ども数人が死亡している。そのため、副作用の恐れがあるとして導入から2年後に突如、接種が中止になった。

そして同国の保健相が訴追されたことで大論争が巻き起こった。公衆衛生当局者によると、この一件がワクチン懐疑論の急増につながり、新型ウイルスのパンデミックから抜け出す方法としてワクチン接種を行おうとする国の計画を妨げかねない事態になっているという。

直近の調査では、フィリピン人のわずか19%、つまり成人の5人に1人しか接種を希望していないことが示されている。それはさておき、そもそもワクチンの大部分はまだフィリピンに届いていない。

2月28日、中国製ワクチン「シノヴァク」が到着した。フィリピンにワクチンが届いたのはこれが初めてだった。同国はワクチン到着の数日前に緊急使用を許可した。

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フィリピンに初めて到着した中国製の新型ウイルスワクチン「シノヴァク」

マニラで取材するBBCのヴィルマ・シモネッテによると、ワクチン接種は2月15日に開始されるはずだったが、緊急使用が許可された米ファイザー/独ビオンテック製と英アストラゼネカ製のワクチンの到着が間に合わなかったため、接種開始が遅れたという。

アストラゼネカ製ワクチンは3月4日にようやくフィリピンに到着した。

パキスタンでもワクチンに対する恐怖心が接種の遅れの一因となっているが、それよりも偽情報や特に影響力のある動画の拡散が大きな要因となっている。

2020年に拡散されたある動画では、私立学校の教師が気を失いかけているように見える少年たちに向かって必死に叫んだり、身振り手振りで何か訴えたりしている様子が確認できる。教師はポリオワクチンを非難し、子どもたちの「意識がない」と訴えている。そして、当局がワクチン接種を「強制的に」行っていると激しく非難している。この動画がきっかけで、暴徒が診療所を焼き払う事態が起きた。

このような動画が影響し、パキスタンでは長い間、ポリオワクチンの接種率が低迷している。動画の内容が誤っていることが証明され、ソーシャルメディアから削除されているものの、動画を視聴したことのある人は何百万人もいる。

そして当然、新型ウイルスワクチンの接種計画にも影響を及ぼしている。ある報告書はペシャワール州の医師の話として、ワクチン接種の初日に医療従事者約400人が接種する予定だったが、実際には12人程度しか会場に現れなかったとしている。

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新型コロナウイルスのワクチン、安全性をめぐる誤情報の間違いを説明

慎重なアプローチ

ワクチン接種が始まったばかりの他のアジアの国々はというと、接種の遅れは接種自体へのためらいではなく、むしろ警戒心によるものだと、当局者や専門家たちは口をそろえる。こうした国の多くは国内のパンデミックの大部分を制御できており、時間的猶予があると感じている。

オーストラリア・ディーキン大学の疫学者キャサリン・ベネット氏は、ワクチン接種を急がないことで、これらの国はワクチンが誤って過剰投与された場合に何が起こるのかや、妊婦にどんな影響があるのかなどのデータを収集できると述べたと、AP通信は伝えた。

韓国の丁世均首相も同様のことを繰り返し述べ、2月25日にワクチン接種を開始した政府の遅れを擁護した。ワクチンがほかの場所でどう作用しているのかを見極めるために意図的に遅らせたのだとしている。

「韓国人はスピードの達人だと、あなたは知っているでしょう」と、丁首相はローラ・ビッカーBBCソウル特派員に述べた。

シンガポールやカンボジア、ヴェトナムでも、当局が「待つこと」の重要性について同様に発言している。

接種を遅らせている一方で、これらの国の多くは本格的な接種展開を開始したいと考えている。韓国の場合、今秋までの集団免疫の達成を目指している。

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韓国では2月下旬に接種が始まったばかりだ。写真は接種の訓練を受ける医療従事者(2月17日撮影)

タイは3月にワクチン接種を開始したばかりだが、今年半ばまでに人口の半数への接種を完了したい考えだ。

全人口をまかなうのに十分な量のワクチンを調達し、すでに約25万人が接種を受けているシンガポールは、4月末までワクチン計画を強化する方針としている。

ワクチン接種へのためらい

東京オリンピックを計画通りに開催し成功させるには、ワクチン接種の成功が非常に重要だと考えられている日本では、接種をためらう風潮が長い間問題になってきた。同国は世界的にもワクチンへの信頼度が最も低い国の1つだ。

1990年代初頭には、はしかやおたふく風邪、風疹の予防接種が無菌性髄膜炎の発症率を高めたのではないかと疑われていた。関連性を決定付ける証拠はなかったものの、これら3種の疾病を予防するMMRワクチンの定期接種は中止された。

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東京五輪を計画通り開催するにはワクチン接種がカギとなる

京都大学医学研究科非常勤講師の村中璃子医師は、国民にワクチンの重要性を説明するための一貫した戦略が欠如していると感じているという。また、過去のワクチン事故に関する「センセーショナルな」見出しが、最近のオンライン上での「反ワクチン・キャンペーン」と同様の影響をもたらしていると考えている。

ワクチン接種という大事なキャンペーンで国民の信頼を得ることが非常に重要であるとの考えから、日本は実際にファイザーなどのワクチンの承認を遅らせた。

ファイザーが臨床試験の第3相の結果を報告すると、アメリカとイギリスは昨年12月初旬に直ちに緊急使用を許可した。しかし日本は追加の治験を強く求め、2月17日にようやく医療従事者を対象としたワクチンの先行接種が始まった。

村中医師はBBCの取材に対し、日本は他の多くの国ほどパンデミックの影響を受けていないため、国民はワクチン接種の「意味」をあまり感じ取っていなかったと指摘。ただ、その後多くの人が接種し、副反応も非常に少ないことから、今ではより積極的に接種しようとする流れに変わってきていると述べた。

おそらく、より多くの国で大規模なワクチン接種が始まった2月の最後の3週間の間に、国民の気持ちが大きく変化したのではないかと村中氏は考えている。